十四言目 首里城の龍のお顔の向き

勘違いも甚だし。

 どうも、気がつけば11月も25日となっていますね。光爾(ひかりに)です。

 先日、沖縄県立博物館・美術館の講堂では「首里城の大龍柱の顔の向き」について、シンポジウムが開催されました。

大龍柱(だいりゅうちゅう)とは、これのことです。(向き合っています)

 どう思います? このシンポジウムのテーマ。「大龍柱の顔の向き」とは、お互いに向き合っているか、並行して正面を向いているか、という話ですよ。

 学識者って、ひまじんのことを指すのですね。

 いや、良いことです。そういうことに現を抜かせるのは、少なくともこの方々の周囲は平和だということです。平和なご時世で良かったです。

 ただですね。勘違いしないでほしいです。

 決して「大龍柱はひまじん学識者のものではない」ということです。

 歴史書の何が正しくて何が間違っているとか、過去を調べるのは構いませんが、大龍柱が誰のものかというと、「未来を一緒に生きる市民のもの」なわけです。

 ならば、ひまじん学識者が向きを決めるのではなく、市民に決めてもらえばいい。向き合っている時期も正面を向いている時期も、いずれも存在したということは、どちらも間違ってはいないということです。

 それじゃー、大龍柱の顔の向きは、WEB投票で決めようぜ。現代っぽくヨ。笑

 いやほんと、大龍柱のお顔の向きをこれだけ論じる時間があるなんて、なんて平和なのかしらと嘆息せずにはおれませんな。

 しかも、管理責任者のボスまで登壇して。謝罪のひとつくらいは述べたでしょうか。このひまじん学識者とやらの常識を疑います。

 いやはや、沖縄は平和ですぞ。

十二言目 首里城を沖縄の魂と思わないよごめんなさい。

龍譚からの首里城は美しかった。

どうも、光爾ケイト(ひかりに・けいと)です。

まあ曇天の空、新北風(みーにし)が強くなっています。ちなみに沖縄本島では「みーにし」と呼ぶ風を、宮古島や石垣島では何と呼ぶのでしょう。

 もしかしたら、その風に関する認識の有無から確認が必要なのかもしれません。宮古、八重山それぞれに文化がありますから。

 さて、明日10月31日は古都・首里に鎮座していた首里城が大火災により燃え落ちてから1年になる日です。

 県内のマスメディアは全力で「首里城復興」「再建」を叫んでおりますし、「あの日から1年」特集が半端なく展開されております。

 あほくさ。頑張っていますね。

 そもそも沖縄(琉球)の歴史からすると、首里城は琉球統一のシンボルではあるでしょうけれど、征服された側から言えば統一からしばらくは憎悪の対象であった可能性もあります。もちろんそれは首里城に限らず、全世界のどの城においてもそのような時期はあったはずですが。

 ただ、「沖縄のシンボル」「タマシイ」的な扱いは……うーん。思ったより多くの県民の思いを一方的に無視しているかもしれない。

 それほど愛着を持っている人が多いわけではない。

 でも、沖縄観光のシンボルではあるかもしれない。沖縄三大がっかり観光名所と言われながらも。あとのふたつは忘れましたが。

 首里城が再建されなくても(再建は進んでおりますが)、わたしの魂が削れることはありません。県民の魂が弱くなることもありません。

 そもそも何度も焼失していますし、戦後だって40年以上も(直近の復元は正殿1992年)ずっと失われたままでしたからね。

 自分は思ったより、強い。たぶん県民の皆さんも。

 それなのに、なにゆえあれほど悲劇的な印象で紹介されるのでしょうか。悲劇好きなんですか、メディアの皆さん。

 それよりも火災の原因究明を徹底してほしいものです。どこかで誰もが「まあまあ」とか言ってお茶を濁している感じがして。

 まあ、詮無い話なんですけどね。

 責任論だと自殺者が出るかもしれませんし。数十億円規模で沖縄県が賠償しなければならなくなるかもしれないし。

 でも、再建されたら、それはそれで嬉しいですけど。