十六言目 テレビデオをご存知ですか。

高付加価値≠良い商品

 いやはや師走。光爾ケイト(ひかりにけいと)です。

 多目的トイレ不倫で埋め尽くされているテレビ画面を避け、インターネットの世界でサバニを漕ぎまくっていましたら、懐かしのテレビデオが出てまいりました。ちなみにサバニとは、沖縄の漁業に使われていた木舟のことです。手漕ぎの小さな舟です。ネットサーフィンのことを沖縄ではネットサバニと言います(ウソです)。

 あ、さてさて、テレビデオの話。

テレビデオなんて言われても、1990年代以降の生まれの方はご存知ないでしょう。名称から想像はつくと思いますが。

 簡単に言えば、テレビとビデオデッキがくっついた機械です。

 どうせテレビとビデオを買うなら、くっついているやつを買えば面倒な配線もいらないし、アンテナをセットすればすぐに見られるしということで、一人暮らしを始める世代を中心に売れ筋になった商品です。

 しかし、スタートダッシュほどには社会に広がることなく、勢いは立ち消えになってしまいました。

 テレビデオが廃れた理由はいろいろと言われておりますが、なんと言ってもやっぱり「ビデオデッキ部分が壊れただけでも、テレビまでセットで入院=テレビが見られない」ということに尽きると考えております。

 発売当初(1980年代)のご時世では、ビデオデッキは割りと贅沢な部類のアイテムでしたので、各家庭に2つ3つとあるようなものではありませんでした。そこにビデオが壊れてテレビまで入院となれば、パソコンもスマフォもないテレビ全盛期の時代のこと、ご家庭のお茶の間は火が消えたような状態になっていたのは想像に難くありません。

 というわけで「テレビまたはビデオのどちらかが壊れたら、修理から帰ってくるまで一緒に入院」という特性がテレビデオを廃れさせたというわけです。

 ああ。話の主題はそこじゃないのに、エンディングに入るところでした。

 このテレビデオ、テレビやビデオデッキをそれぞれ単品で買うより割高な商品でした。2つの贅沢品を合体させたのだから、そりゃあ高いでしょう。という主旨の値付けではないでしょうが、画面の大き目なテレビデオは値段の張る商品であったことは間違いありません。

 こういう商品がいかにもジャパニーズ・ファクトリズム(造語)じゃないかなと思われます。「くっついたら便利でしょ!」のアイディア一発、これが高付加価値テレビなのか、高付加価値ビデオなのかは置いておくとしても、「高付加価値の高額商品」というのが、日本のジャパニーズ・ファクトリズム(造語)なんですな。そしてこれは、日本以外では意外に受け入れられていないと。あ。そうですね、それで日本製品が海外で売れない、代わりにシンプル機能のロープライス海外製品が売れて、日本の家電メーカーが海外の企業に買われたりしているのが21世紀の流れだった。忘れていました。

いやいや、なるほどテレビデオの時代(1980年代)には成功パターンだった「高付加価値の高額商品」が、成功しすぎたために変えられなくなった。ということですね。

何故かと言うと、その成功パターンでのし上がった人たちが経営陣にいたから。でしょうね、やっぱり。成功体験はなかなか捨てられませんから。

 こうやって世界を俯瞰してみる(つもりでいる)と、失敗は上の年代から、新しいものは下の世代から、常に生まれているような気がします。

 成功体験に寄りかからずに生きていけるかどうか。これが大切なのですね。ということは、自己啓発本なんぞ読んでいる場合じゃないですね。他人の成功体験をマネしている場合じゃない。自分のアタマで自分の未来を考えよ。自分の人生だぞ。ということですね。

 勉強になりました。m(__)m (誰に御礼を)

 いやいや、詮無いことではありますが。