二言目「ものまうすな人(わたし)」

誰が言ったか? そんな馬鹿な。

世界のみなさま、おはようございます。もしくはおはこんばんちは。「ものまうす おきなはからに」の光爾ケイト(ひかりに・けいと)です。

 わたしは沖縄に生まれて、そして生きています。ちょいちょい世界から飛び出しては記した自分の見聞を追々語ることもあるでしょうが、この「ものまうす」では、沖縄から見た沖縄、日本国、日本のほかの地域、あるいはアジア、広がれば世界というマクロな話題から、隣近所にありそうなミクロなネタまで拾って触れていきます。

 コトバにチカラがあるのか、わたしには分かりません。

 昔、こういうことがありました。

 ある小学校で、チームごとに1枚の地図をもって、ある地点からある地点に移動するオリエンテーリングをやっていたときのこと。

 あるチームには学級委員長で成績トップクラスのAくんがいて、優勝候補だと言われていました。先生はほかのチームにもなるべく平等にクラスメートを分けていましたが、特にAくんは学業の成績だけではなく、筋道立てて物事を考えることでも周囲に知られていましたから、オリエンテーリングは彼のいるチームが優勝候補と言われたのです。

 さて蓋を開けてみたら、Aくんのチームは道をロストしてしまい、チェックポイントから大きく外れたところで探しに来た先生に発見され、最下位どころか時間外到着となってしまったのでした。

 チームメイトはAくんを頼り、Aくんもまた自分を疑うことなく進み、ゴール近くのチェックポイントまではAくんチームが断トツのトップタイムを叩き出していました。が、ゴール手前の分かれ道で、地図を読み間違えたAくんの指示により、チームはコースから外れてしまったのです。

 何度かチームメイトは言いました。いくら何でも1㎞もずれるはずがない。分かれ道まで戻ろうと。しかしAくんは頑なに譲りません。この地図に書かれている道の太さと、あの分かれ道の太さとでは、全く合っていない。もうすぐ道の太さが合致する分かれ道があるはずだと。

 そうです。学業優秀で、地図上の道の太さは実際の道路幅に比例していることを知っていたAくんは、先生が書いた手書きの地図の道の太さもそのようになっているはずだと誤解して道の選択を誤ったうえ、分かれ道まで戻ろうと言うチームメイトの意見を押しのけて、歩いていたのです。

「誰がどう考えても、あの分かれ道は左だったよな」

あとでチームメイトは口々に言いました。でも、Aくんにとって、あの分かれ道は地図とは全く合致しない道でした。

 誰のミステイクかと問うなら、もちろんAくんのミステイクであり、Aくんの意見を通したチームメイトのミステイクでもあり、もしかしたら道路の太さを微妙に書いてしまった先生のミステイクかもしれません。

 しかし、ここでのポイントは「コトバのチカラ」なのです。

学級委員長で成績優秀なAくんのコトバのチカラは、チームメイトには「Aくんが間違うはずがない」というイメージを与えており、チームメイトは自分自身の考えよりもAくんの意見を優先してしまった。

だけではなく、Aくん自身は自分の考えが最善であり、ほかの人間の考えや発言が、自分より正しいはずがないと考えてはいなかったか。考えていたから、チームメイトのコトバを信じなかったのではないか。

 はい、お察しの通り、Aくんは小学生時代のわたくしヒカリニです。

 「自分が正しくないかもしれない」という思いを初めて味わったあのときから今でも、わたしが大切にしていることのひとつは「まず自分を疑え」です。苦笑

 コトバにチカラがあるのか、わたしには分かりません。

 ただひとつ、言えること。

 コトバとは「誰が言ったのかではなく、何を言っているのか」なのです。

 誰が言ったかではなく、何を言っているか。小学1年生のコトバが的を射ていることは往々にしてあることです。

 政治家のおっさんが、何の意味もない空論をテレビで垂れ流していることも往々にしてあることです。

 そういうところを間違えない人でありたい。そう切に願う、ものまうす人(わたし)ではあります。

 ではまた次回。

投稿者: Hikarini.K

Born on Earth, Live on Earth, Just like you.

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