二十七言目 男子マラソン4分台

旧態依然の・・・組織よ。

 どうも。月曜更新ですが今日の記事自体は28日の日曜日に書いている光爾です。今日の沖縄は晴天、3月1日も晴天だそうで、いろいろと乾かしたい人にはラッキーデイだと言えそうです。

 さて2021年2月28日、日本男子マラソン界が新たなステージに立ちました。

 びわ湖毎日マラソンで2時間4分56秒という記録が生まれました。「4分台」にたどり着いたわけですね。鈴木健吾選手(25=富士通)、おめでとうございます。

 もちろんめでたいのは間違いありません。

 たとえ日本陸連のダサい運営により1億円の新記録達成ボーナス(報奨金)が支給されなくても、4分台の新たなステージを切り開いた栄光は、現時点では日本男子最高の栄誉であることは間違いありません。

 日本陸連と言えば、選手に報奨金を支給するのにいまだにスポンサー収入に頼るような甘ちゃん(ま、アマチュアなので当然かもしれません)ですが、選手の育成方法もまあ甘ちゃんなんだよなと思わされるところがたくさんありますね。

 だいたい、マラソンという競技はもう長いこと強い選手と強い国が合致しているわけです。そして「なぜ強いか」という理由もだいたい分かっているわけです。

 となれば、なぜそれ(強い国の理由)をコピーしないのか。

 なんで「日本独特」のやり方に固執するのか。

 かつて世界ナンバーワンを競った日本マラソン界ですが、それはもう30年も昔の話です。あれから世界のマラソンは高速化し、世界記録が2時間5分を切ったのは2003年9月のこと。日本はそれから17年半も遅れているわけです。

 世界から17年半も遅れているのに、いまだに30年以上前の栄光を忘れられない人たちが、ふんぞり返っている。ま、日本のスポーツ界は、サッカーと野球を除けばだいたいこんなもんですよね。世界から何も学んでいない。野球だって世界から学んでいるのは選手個人だけであって、球界自体は旧態依然ですし。

 さ、男子マラソンが世界で勝つために。

 今すぐ練習拠点を海抜2000m級の高地に持っていくのです。そして、見込みのある若い選手を今すぐひたすら練習に打ち込める環境に置く(もちろん希望する選手のみ)。

 これだけですよ。

 練習拠点を海抜2000m級の高地に設定して、施設を建設する。

 そこに見込みのある若い選手(希望者のみ)を入れる。

 できれば、年間予算を投じて、スポーツメーカーの開発者やら、優秀なスポーツトレーナーやらを投入すると。

指導者に就く人は、競技者としての過去実績とかどうでもいいですよ。むしろ指導者としての実績がどのくらいあるか。そういうことが大事なのでは。

 え。

 海抜2000mの高地だけが必勝法ではない?

 それはそうでしょう。ただ、相手と同等の育成方法に立って初めて、次の育成段階が効果を持つわけです。いえ、今の育成方法にプラス「高地練習の標準化(拠点化)」が加われば、3分台、2分台も夢ではないでしょうね。

 それの実現には・・・ああ、今日はこの辺で。

 3月も良い日が続きますように。

二十六言目 おすすめ・ブラック校則(笑)

男子中学生は丸刈り

どうも・・・如月の晴天、気温は23度まで上がっているかどうかは実感できない光爾です。だってずっと室内ですからね。

身体を動かさないと、ふ、ふ、太ります。

ここ最近、沖縄でも吹いております「ブラック校則」をどうにかしようぜ旋風。

どううううしても寒いときは長ズボン着用を許す。とかですよね。

 その昔、わたしが中学生のころを思い出しますと確かに「ソックスは白に限る」というルールはありました。「下着も白に限る」というルールがあったかどうか、記憶は薄いですが、まあ中学まではパンツは白でしたよ、確かに。それに、聞いてみると女子には「下着は白」校則はハッキリとあったそうです。

 下着が白かどうか、女子はどうやって確かめられるのかと聞いたら、身体測定とかエンドオールザットだそうで、まあまあチェックされる機会はあったとのこと。オジサン的にはセクハラめいた考えが首をもたげましたが、まず声に出さなくて良かったです。

 さてさて。

 個人的には「校則は必要」と考えていて「なんでもかんでも個人の自由だろ」的な考えを持つ方々とは相容れないわたしですが、だからと言って「下着は白に限る」校則は中学生くらいまでだろうなと思うし、高校生になって下着が白限定だったら、まあ大人になれずにこじらせる人が増えそうなのでやめてほしいところですね。

 あと、パーマ禁止も妥当じゃないですか。せいぜいアルバイト程度しか収入を得られないはずの年齢で、パーマなどはお金がかかりますから。そういうのは禁止のままがよろしいでしょう。同様に、髪を染めるのも原則禁止ですよね。どこぞの人種のるつぼのような国のごとく、金髪も銀髪も天然パーマも赤毛も黒髪も、みんな地毛の人がいる、という国なら別ですけど、学生の本文が学業だというなら、髪染めやパーマは必要性のある人だけに許されるべきだと考えます。そこは、個人の自由とかではない領域ですから。

 集団にはルールが必要です。

 動物にすらルールがあるのに、人間に不要な訳がない。むしろ、動物には有り得ないような高尚なルールがあって然るべきじゃないですか。

 ただ、ですね。

 なんでもかんでも校則で縛るんじゃねーよ。

 という話ですよね。

 寒いときは制服の上からジャージを着るくらい、生徒の判断でいいじゃないですか。マフラーを巻くのも自由じゃないですか。

 だいたい、先生たちは職員室で生徒と同じように薄着を強いられているのですか?

などとね、言ってしまいたくなる。

 そういえば「野球部は坊主頭」というのは何か理由があるのでしょうか。昔は「男子中学生は丸刈り」という校則が多くの中学にはあって、それを拒んで私立に進学したり、なかにはまあ、自分で自分を弑した方もいらっしゃるそうで、代表的なブラック校則とも言えますね。

 髪の毛と言えば「その髪の色は地毛かどうか」という問題ですね。

 これの解決策は妥当な案があります。

高校の入学書類に、入学者全員(入学者全員ですよ?)小学校の卒業写真を添付させればよいじゃないですか。髪の色が黒ではない人間だけに「地毛証明」を出せと言うのは、人権に触れます。地毛証明も入学者全員に提出させるのであれば、(人権はともかく)少なくとも平等ではあるので、わたしは承諾しますけどね。

 どちらにしても、校則のすべてを日の当たる場所に並べて、これは妥当だとかブラックだとか、そういう判断をすべき時期に来ているのではないですかね。

 時代が変わるのなら、ルールも変わる。

 人の世とは、そういうものじゃないですか。

 まあ、詮無いこと・・・とも言えませんね、真剣な話です。

 子どもは国の宝ですからねえ。

二十五言目 差別か区別か

触り方によっては、大ケガしそう❤

 どうも。アフターバレンタインの光爾です。

 悪天候の先週後半から一転、今日は快晴でした。晴天を誉めるなら日没を待て。まだ2時間くらいはあるでしょうか。そろそろ誉めても良さげかと。

 さてさて。

 元総理の言動が点火した何かに、一階と三階の間にいらっしゃる重鎮などが油を注ぎまくった結果、女性蔑視な言動を非難する劫火が拡大するばかりの今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 最近の論調は「そういうポジションにいる方々は考えを改めるべきだ」というものですが、それはムリです。

 ハッキリ言って全くムリです。

至難の業よりムリ200%です。

 あの方々は「女性蔑視的な言動が世間的に非難されるものであるという事実を理解している」わけです。そのうえで、男尊女卑もしくは女性を差別する自分の考えを改めるつもりはさらさらナッシング、そして自分以外の価値観を認めることが出来ない(気遣いができない)傲岸不遜な地金が、ついウッカリな言動を取らせるわけです。

 それを踏まえた解決策は、「(自分の考えはどうあれ)いろいろな価値観を認めることが出来ない方は、そういうポジションに置いてはいけない」というのが最善かと思われます。

 いやほんと、ああいう公のなかでも特殊なポジションには能力のほかに資質も必要ですね。ここで言う資質とはつまり、男女平等であるとか人権に関する価値観をしっかり理解して、それに沿って振る舞えるということです。

 もちろん首長や議員先生方にも必要とされますね、これまでもそうでしたが、これからはより一層。

個人的には元総理の発言は、「女性は話が長い」よりも「ここにいる女性陣はわきまえておられる」のほうが大問題なのですけどね。

 いずれにしても、「お・も・て・な・し」から早8年。主会場たる新国立競技場の設計コンペやり直しであったり、ロゴマークデザインの盗用疑惑であったり、コロナ禍であったり、ここまで大きな危機が何度もあって、ここにきてとうとう組織にこういう問題が起きてしまう。

 こういう言葉は使いたくありませんが、やっぱりねえ。

 厄払いしましょう。

 でも、開催するなら無観客で。できれば中止で。

 そんなこと考えている間に、日没が訪れそうです。

 やっぱり快晴でした。

二十四言目 東京五輪は中止か無観客。

いやもう、GOTOの二の舞はもういや

どうも。月曜日更新を守りたいあまりに2月1日だよねってことを先週書き忘れた光爾です。

カレンダーに触れないのは、物書きとしては下手打ったみたいな感があります。

 さて、銀座のクラブをほっつき歩いてみたら地獄にたどり着いてしまった議員先生もいるコロナ禍ですが、議員辞職した方はまだ立派です。許して差し上げたい。次の選挙には立候補してください。

一方で辞職の辞も触れてこない先生方にこそ即刻辞職して頂きたいものですな。そういう先生方にはその地位にしがみついてほしくない。人間というのは不思議なものです。

 そしてそのコロナ禍のなかで緊急事態宣言が三度発出されている最中に「東京五輪は必ずやる」と息巻いている渦の中心が総理大臣と元・総理大臣ということで、これまたやっぱりどうなのよと言わざるを得ない。

 さらにはその元・総理大臣が「女性に関する旧時代的な価値観」を全世界に向けて発信してしまったということで、ですね。

 いろいろ恥ずかしいです。

 もう顔が真っ赤になるくらい、恥ずかしいです。

 そんな人たちに投票した人たちがいるのですよね(わたしは投票していませんけど)。

 東京五輪は万歩譲って完全無観客(中継のみ)、百歩譲って中止ですよね。

 まずは完ぺきな感染予防対策が必要。

仮に感染者が出ないとしても、感染者が出るものと想定して、完ぺきな医療体制を構築しなければならない。

 それらが整ったとしても、辞退者が多く出たら、それは果たして世界一を競う競技大会と呼べるのか否か。呼んでいいものかどうか。

 じゃあいつになったら、競技大会が開催できるんだよ!と言いたいですよね。

 もちろん「治療薬」が整ったら、ですよ。ワクチンではなく、治療薬が。

 要するにインフルエンザ並みの扱いまで危険レベルを下げられたら、五輪規模の大会は実施できるのだと考えられます。

 いまは感染力の強さも含めて、インフルエンザの何倍も警戒が必要です。

 せめて無観客。

 それなら1万人余りの選手団を決められた場所に完全に隔離すればいい。それだけでも難易度は超がつくレベルですが(来日時点で観戦していたら、その場所がスーパークラスターになりかねない)。

 可能な限り中止。

 それが今回の東京五輪でしょう。

 これは詮無い話ではありませんね。

 お偉い方にもきちんと理解して、考えてほしい話です。ほんとうに。

二十三言目 知らぬ間にVチューバ―

対岸の火事では、対岸のままで充分です。

 どうも。月曜日になって慌てて記事を書く光爾です。

 自分の言葉で自分の首を絞める。いや、いま頑張れば明るい未来がきっとあるはず。苦笑

 さて、沖縄本島の最南端から北へ約20㎞くらいでしょうか。本島東海岸にある中城村(なかぐすく・そん)。太平洋に面しつつ、比較的海が穏やかな中城湾を持ち、漁港もあるが農地もあり、街道(国道)とともに発展してきた海側の低地と、区画整理によって爆発的な人口増加が始まった陸側の高地を持つ、歴史ある村です。

 古くは14世紀後半に基礎ができたとされ、琉球王朝時代の重要な出来事である「護佐丸・亜麻和利の乱」の舞台となった世界遺産のひとつ中城城(なかぐすく・ぐすく)もあり、北東には同じく「乱」のもうひとつの舞台であり、ともに世界遺産のひとつでもある勝連城跡をにらみつつ、眼下には津堅島や久高島を収めるという沖縄有数の観光資源をも保有し、しかも沖縄県の最高学府である琉球大学が、中城村西端から道路を挟んで向かい側に存在するなど文教の街でもあり、様々な分野において発展のための資源を抱えた……まあ、村でありまする。

 その中城村がいま、この1月から新しく稼働を始めた新庁舎ごと揺れているのは気のせいではありません。

「#私の容姿が性癖に刺さる人に届いてほしい」

と、のたまうようなVチューバ―を世の中に送り込んでしまったからです。爆笑馬苦笑

 その名も中城村後任Vチューバ―「琉花(るか)」さん。いわゆる「中の人」を東京の会社に委託していたとのことですが、問題の本質は「琉華さんの発言は、村はノーチェックかい」とか「そもそも村にはWEBメディアやIT関連に携わる部署は存在しないのかい」とか、そういうところになっていきますよね。

 目に浮かんできたシチュエーションを列記しますと、東京の会社に委託→その会社がとにかくマンパワーで琉花さんを作り上げる→琉花さんの運用が開始される→(たぶんこきつかわれて)半ばやけっぱちの思考状態に陥った琉花さん(もしく中の人)が「性癖」などと言い出す→外部から指摘を受ける→ようやく村が気づくも→何が問題なのかは常識が旧い上の人ほど理解できていない。というところですね。いかがでしょうか。

 以前に……海女さんでしたよね、三重県志摩市の元公認PRキャラクターが、見た目の性的な表現が露骨すぎるというクレームがついて、後任が取り消されたことがありました。

 だいたい、そういうキャラクターやVチューバ―なんちゅーのは・・・あ、まあ、なんでもそうですけど、WEBで世界中にさらされることは分かっていることなので、対岸の火事を対岸に留まらせておくためには、いろんな失敗例も学んでおいたほうが良いでしょう、公務員の皆さんも。そう、公務員の皆さんも、なのでございます。重要なことは。

 なぜ炎上が起きているのか、いま自分がやることは炎上につながらないか。そういうことをもっと考えていきましょうよ。と、誰もが考えているはずなんですけれども……自分のことになると分からないものなのでしょうか。

 わたしも気をつけないとな。

 あ、こんなブログにはそんな心配はいらないか。たくさんの方に読んでいただけるようになってから心配すればいいのかな。苦笑

 まあ詮無いことではありますな。

二十二言目 SDGsとは

率先垂範ってコトバ、ご存知?

 どうもー。光爾ケイト(ひかりに・けいと)でーす。

「よし決めた!」→毎週月曜更新!の初回からコケましたことをお詫びいたします。忘れっぽいのが玉に瑕(キュート?←んなわけねえ)

 テレビで国会中継を流しながら気ボードを叩く日々。「このおっさんたちも、きっと感染予防対策を忘れてしまって、銀座をほっつき歩いたのだろうなぁ」とか考えたりする、心優しき光爾です。

 まず率先して守るべき人が守らないルールを、国民が守る必要があるのでしょうか。

 逆を言うなら、「まずアンタらが見本になれ」ということですな、先生方。

 まあ、毎週更新と言って更新していないわたしが指摘するのも説得力に欠けますが。

 さてさて、今日の話題はSGDs。えすでぃーじーず。

Sustainable Development Goals(サスティナブル ディベロップメント ゴールズ)の頭文字をとって、SDGs。

直訳すると「持続可能な開発目標」です。小学生にそのまま伝えても、理解できません。

 なので分かりやすく言うと、「人にやさしく、地球にやさしく」です。

 日本人の悪いところと言うか、先生方とお役所さんと不愉快な仲間たち(主にマスメディア)の悪いところですが、もっと簡単な言葉を使えばいいのに、必ず難しい言葉をそのまま並べてくる。

 それを分かりやすく説明してほしいとお願いすると、「続けることが可能な開発目標のことです」などと返事されそうですよね。

 小学生自分のアンタらは、この説明で理解できたのかと。

 というわけで、「SDGs=人にやさしく、地球にやさしく」に決定です。

 詳しくはココ(国連広報センター)をご覧いただくとして、SDGsについて、わたしたちが何をすれば良いかの基準がほしいのではありませんか?

 それが「人にやさしく、地球にやさしく」です。

 SDGsで設定された17の目標のうち、1から12までは「人間のため=人にやさしく」です。13から17までは「自然環境のため=地球にやさしく」です。

 そしてそれらは、わたしたちの行動にどのように影響するのか。

 個人的には「差別をしない」とか「ゴミを捨てない」とか「ペットボトルはリサイクルへ」とか、そのレベルから始められる。

 問題は、企業や自治体、国レベルの動きとなるのでしょう。

 ひとりひとりがゴミを捨てないだけで、毎日どれくらいのゴミがなくなるのかを考えてもすごいものがありますが、それが企業単位で取り組めるとなれば、またどれほど成果が出るのか興味も出てきますね。

 SDGsをネタに儲けよう・ビジネスをしようなんて考える経営者も、もしかしたらいるのかもしれませんが、そんな勘違いな人に出会ったら、やさしく止めてあげましょう。これで儲けるより先に「我が社のSDGs」と題したWEBコンテンツを作りましょうと、教えてあげましょう。

 人にやさしいこと、地球にやさしいことを実践していれば、それは間違いなく、あなた(もしくは企業や自治体)がSDGsを実践していることになります。

 ほんとにそれだけでいいというのが、SDGsの事実なのです。

 これから時流に乗ろうとして、たくさんの「自称SDGsコンサルタント」が生まれてくると推測されますが、無駄にお金を払うことはありません。

 「SDGs=人にやさしく、地球にやさしく」です。できることから始めていきましょう。

 ほんで、これを言っとる国も企業も「言ったら、率先垂範」ですよ

 ねえ、先生方もそうですよ。

 まあ、詮無い話ではありますけどね。

二十一言目 よし、決めた!

今年は毎週月曜日に更新します💛

 どうも、明けまして二言目、トータルは二十一言目の光爾です。もし読めない漢字があったら、どうぞ過去記事をご参照ください。二十言目までは読み仮名を入れております。

 さて昨日、テレビを拝見しておりましたら、サッカーJリーグを引退したばかりの中村憲剛選手→さん(ご覧になった方に伝わればいい)が出演しておりました。

 中村選手→さん(同)がどのような選手であったか、どのような経歴であるかは、YouTubeやウィキペディア、その他のサイトをご覧いただければよく分かります(ご覧になったら戻ってきてくださいネ)。

 わたしが昨日理解したこと。それは、中村選手→さん(同)が、「頭で考えていることをストレートに発信して、なおかつ実行して、それがプレーにも表現されている、ひたすら真っ直ぐな人間であり、選手であった」ということです。

 中村選手→さんは身体が細く小さい。それは2部とは言えプロチームに入団できたのが不思議なほどです。しかも、高校大学時代に目立った実績があるわけでもなかった。ジュニアチームで元なでしこの澤穂希選手→さんと同じチームであったことを除けば。笑

 しかし、中村選手→さんは自分自身のことをよく理解していて、自分を高めることに努力し続けた。どのようなプレーでチームならチームに貢献できるかを考え続けた。そして実行し続けた。

 実にシンプルです。

技術的には、ボールを自分の思うところに止める、そして思うところに蹴る。この技術が卓越している。あ、いかん。他のサイトに譲ったはずなのに、よくある「好きな選手に関する熱弁ブログ」になりつつある。苦笑

つまり。

 「なんでも続けることが大事です」と、中村選手→さんはおっしゃったのです。昨日のテレビ番組のインタビューで。

 「なんでも続けることが大事です」と、分かっているけどやり切れていない自分がいたりするもので、わたしは久々に、自分以外の人の言葉にこころを打たれました。なんて思い上がりなわたしでしょうか。しかし世の中、「え?こんな人が常務?」みたいなことって多いじゃないですか。わざわざ土曜日に出社してきて、新聞の切り抜きをしている人とか。←聞いた話ですけど、ほんとにそんな会社役員がいるのでしょうか。

 まあ、そういう世の中でですよ。無名の存在でプロの2部リーグからチームは昇格して、長年シルバーコレクターと揶揄されながらも1部リーグで優勝して、リーグ杯も獲得して、本人はリーグMVPを獲得後に大ケガして復活して、最後に天皇杯優勝だなんて、絵に描いたようなまるでマンガのような選手人生じゃないですか。

 そんな人、中村選手→さんしかいませんよ。

 そんな人が言うんですよ。「なんでも続けることが大事です」と。それは不遜な(しかし大した人間ではない)わたしみたいな人間でも、こころ打たれますよ。

 というわけで、この「ものまうす」は、今年は毎週月曜に必ず更新することに決めました。

 あ。

 無名の選手という点を除けば、似たような境遇で、優勝して引退した選手がいましたね。澤穂希選手→さん(皇后杯優勝で引退)。

 先輩後輩じゃねーか。

 また近いところにいたもんです。

 今年は毎週月曜日更新。

 頑張ってみます。

 詮無いことではありますが。

2021年の初めに。

気が回らないのも自分らしさ。苦笑

明けましておめでとうございますと言っていいのは松の内まででしたっけ。どうも、光爾ケイト(ひかりに・けいと)です。明けましておめでとうございます。

 考えてみたら、昨年ラストの記事(2020年の終わりに)は十九言目だったわけで。これをきっちり二十に収めれば、なんとなく“おあとがよろしいようで”感も出ようというものの、ここまで気が回らないのが自分らしさよねと、正月から自分を慰めたり貶したりしておりますな。

 しかしコロナ禍のなかで今年も「新成人が大騒ぎです」とか「そんなバカタレはどうだ」とか、そういう記事も世間を賑わす季節の華と言えば、華ですよな。日本はまだまだ平和です。そんなおふざけが許される(?)のですから。ま、わたしたちも若いころは、ね。あまり現代の若い人を叱れるような、ね。むしろ今の若い人たちからお叱りを受けそうな、ね。

 まあしかし、新成人は未熟だから仕方ないのですよ。未熟だから。いま感染を広げているのはすっかり成熟した(あるいは完熟の)(あるいは熟しすぎた)大人たちだと思いませんか。思います、わたしは。

 行動規範を示すべき人たちが示せていない現状で、なにゆえ彼らの要望を聞き入れなきゃならんのかと、若い人が考えても文句は言えないのが現状。むしろ若い人に文句を言うなら、偉い人から順番に、ね、ちゃんと行動で示しましょう。いいじゃないですか、オンライン飲み会をやってください。スマートフォンやタブレット、パソコンの使い方も憶えてください。

そうして初めて、若い人に要望できるわけですよ。「俺らの言うこと聞けよ、なあ」と。

「コロナの感染拡大は避けたいじゃないかよ」「みんなのじいちゃんばあちゃんが感染したら生命の危機だぜよ」とかですね、偉い人が見本になって初めて、みんなも守ろうと思えるのでは。

 何も政治の世界だけじゃなく、会社でも学校でも、まずはシャッチョさんや校長先生がね、マスク手洗いをきちんとして、飲み会も控えると。でも悲しいかな、日本の偉い人像は「ルールや規範を守らなくていい」みたいなお殿様気質がありますから。「まずはリーダーが手本を示す」という欧米のリーダー像とは一線を画しているというか。まあ、どちらがいいかは置いときますヨ。国の立法府に民衆を煽動するリーダーもいるようですし。苦笑

 もしかして世界が変わっていくー。と考えれば、まあ世間の常識なんてものは、やっぱりそのときの状況に合わせて変わっていくものだと。

 「東京ラブストーリー」の時代(80年代末~90年代初頭)に携帯電話が普及していたら、などと考えるのは野暮で、あの時代はあの状況だったからあのストーリーが成り立つのであって、300年前なら「大江戸恋物語」などと銘打たれた人情噺が芝居小屋で演じられていたかもしれず、600年前なら「武蔵下総回遊記」みたいな感じで江戸は都市ですらなかったわけです。

 いまや開催は風前の灯火となった(ような気がする)東京オリンピックの前回大会1964年の映像でようやくカラー映像が見られるくらいです。ここまでの間にどれだけ常識が変わったか、ですよね。

 それを考えれば、コロナ禍の常識の変化なんざ、軽い軽い。

 時間は戻れないから面白いのであって、命はいつか尽きるから必死に生きる意味があるのです。

 はい、今年も一所懸命に生きましょう、みなさま。

 ことよろぷーでございます。

2020年の終わりに

2021年に恋煩い💛

 どうもー。沖縄は珍しく晴れ、光爾(ひかりに)です。

 明日までは晴れ。明後日からは雨。2020年12月の沖縄は「ほぼ雨」でした。コインランドリーは相当儲かったことでしょう。わたしも始めようかしら。ちょっとカネオくんに聞いてみようかしら。笑

 さて、今日は12月25日でクリスマスですが、今年始まったこの「ものまうす」の年内更新は、今日で締めておきたいと思います。

 今年もいろいろなことがありましたが、右を見ても左を見ても「コロコロコミックコロナ」ばかりでしたね。わたしも何度取り上げたことか。

 しかし今年も、ほんとうにたくさんの著名人がお亡くなりになりました。

 時代の顔になった方々が多く、単なる年越しという意味ではなく、本当に時代は変わっていくのだなあと感じています。

 偉い人が好き放題やっていると、それを国民が流していると、国全体がバカになる。のだと考えますが、わたくし個人にできることも限られておりますので、まずは自分の身近なところから頑張ってみますか。

 珍しくそんな気持ちに駆られております。

 これ、「本気になる」とかならないとか、そういうことですよね。

 どうか自分自身が「貝沼くん(分かる人だけ分かればいい)」ではなく、もう少し地力ある人間であることを祈ります。ああいう人、割と身近にいそうですからね。どうかわたしはもう少し地力ある人間でありますように。

 できることを増やしていって、たどり着きたい場所がある。

 そうだ、この連休を有効に使おう!

 あ。貝沼くんみたいな匂いがしてきた。笑

 どなたさまも、どうぞお健やかに年を越されますように。

 新しき年もお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 そして。

 メリークリスマス!

十八言目 アイツは優秀だ。

俺のイエスマンに育てよう。

どうも。沖縄は長い雨、光爾(ひかりに)です。

 毎日毎日ほぼ雨が降っており、洗濯物が干せぬ。近所のコインランドリーの経営者は笑いが止まらないだろうなぁ。と、ぼやいたりしています。

 先日、あるエラい人が申しました。

「アイツは優秀だ。見どころがある。」

わたしは思いました。

「アンタは何様だ」

どうもわたしは、年上の方には意地悪になってしまうところがあります。

その理由を探して自分のなかに旅に出てみたところ、若いころに出会った当時のボスが何というか知恵のある方で、それだけではなく、身体もでかい(太い?)が人間的な器の大きさのある方で、どうもそのボスと、その後に出会ったいろいろな方を比較してしまうクセがあるのだということに気がつきました。

 考えれば当時のボスは、わたしをドライバーに指名しながら、たくさんの人物評を聞かせてくれたものです。いま会ったばかりの人もいれば、以前にお会いした人のことを思い出しながら「アイツは優秀だ」「アイツはイマイチだ」だけではなく、こういうところが良くて、こんな部分はイマイチだ。人間に求められるのは〇〇で、仕事としては〇〇な要素がほしいなどと、微に入り細を穿つような人物評で、実に多くの事を学ばせて頂きました。

 ご本人は「人生はマイナスから始まった成金」の自覚を持ち、「10代のアルバイト以外に人に使われたことはない」という学生ベンチャーの走りのような方でした。

 体形はともかく、こんな人になりたいと常から考えておりましたが、残念ながら似てきたのは体形だけのようです。

 いや、話が逸れました。

冒頭の「アイツは優秀だ」に「アンタは何様だ」の話なのですが、たとえばAさんがBさんを評価した時、それが当てになるか否かはAさんが近しくしている人たちを見れば分かりますよね。

 だいたいAさんがどんな能書きを垂れようが、仕事のできないイエスマンばかりを集めているようでは、Aさんの人物評など当てになるわけがない。なんならAさんと近くなろうとも思わない。評価されたくもない。そこまで0.2秒くらいの思考で「アンタは何様だ」になったわけです。

いろいろな人が「アイツは優秀だ」と言います。皆さん、その人の「優秀だ」がどういう意味か、当てになるかは、その人が近づけている人物、近しくしている人たちを見ると良いです。そして、イエスマンを集めている人には要注意。ということです。

 いやはや、昔懐かしいころを思い出しました。

 当時のボスは今や病に屠っているそうです。長年の酒食に祟られたかという話ですが、長生きして頂きたいと心から願います。

 詮無い話でありました。